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殺気薄れる。

2011年03月31日
生き死にの興奮状態がだいぶ和らいできた感。反動で体調悪し。
 
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私の家の被災状況

2011年03月31日
私は宮城県多賀城市在住です。多賀城市の海沿いには大手企業の工場・倉庫群がありましたので、他地域に比べ津波のエネルギーがそれらにあたり減衰したためと思いますが、家の倒壊は免れました。壁に沿ったラインまで冠水し、在宅していた私の父は一晩海水が引かない中、耐え忍び生き残ってくれました。

01020002.jpg

震災翌日12日昼に股下まで水位が下がった時点で父の遺体を捜しに行きましたが、生きてくれていた姿を観て号泣。自力で歩けるようでしたので、二人で脱出。冠水した通りには未だ収容されていないご遺体が横たわっていましたが、お気の毒と思うのみで心の動揺は無し。信じられないことですが、ご遺体を街で突然見かけても何ら動揺しない、そういう異常な心理状態でした。

この度の震災では年甲斐もなく何度となく号泣しました。ご無事を知りうれし涙、訃報を聴き悲しみの涙。それでも尚涙が枯れることはありません。

 
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非被災地の温泉旅館に家族を2〜3泊させて養生させたいのですが...移動するガソリンが無い。

2011年03月31日
東北地方は元々移動手段は自家用車。ガソリンが無くては動きが取れず。
 
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段ボールに毛布。それが今の私の寝床。

2011年03月31日
震災から20日が経ち、体の変調にまいる。フライ物を口にしましたが、胃が受けつけず戻す。20日間、おにぎり・パン・菓子といった炭水化物生活でしたので、油を体が受けつけなかったのでしょう。
睡眠は10分間・20分間程度の断続睡眠、熟睡できず。

壮年の私でさえそうですので、ご高齢の方の中には緊急入院される方もいらっしゃる状況。

 
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震災後7日間の各被災地内食料不足に職業人として私の責は大。

2011年03月30日
被災者・事業者・行政機関にとって、三方一両「得」の提言で、容易に理解頂ける打開策と疑い無く思いましたし、理解して頂けたと安堵してしまいましたが...。理解されないということは説明した私の責なのでしょう。

私の知名度が高ったなら、行政機関も又NHKも私の言に沿う行動を起こしやすかったでしょう。私の知名度の低さがハードルを高くしたのかもしれない、その意味でも私にも責はある。慙愧。

 
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津波が押し寄せる直前、私は宮城県名取市閖上(ゆりあげ)にいました。

2011年03月30日
昨日3月29日、その地に震災以来初めて立つ。

新聞の写真では見ていたものの、その地に自身の足で立ち、ただただ呆然。

分かれ目。

ほんの数分、早過ぎても遅過ぎても。右折するか、直進するか。幹線道路を走るか、脇道を行くか。渋滞覚悟で本道を行くか、近道をあきらめて遠回りするか。

冷静に考え行動した記憶はありませんが、結果として私は今生きている。

今生あるは偶然の幸運が幾重にも重なったことによるを改めて知る。

 
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NHKに苦言。被災地の食料不足・栄養不足はNHKの責大なるを自戒願いたい。

2011年03月30日
今後このような広域大災害が起こらないことを願ってはおりますが、万が一の時に同じ過ちを繰り返さないために苦言申し上げる。

早い段階で、「被災地内・周辺」の食品会社・工場の倉庫・冷蔵庫・冷凍庫内食品を被災者・避難所に徒歩・人力で「無償」で拠出した例はいくつもあったと聞く。

それをラジオ・テレビで頻繁に放送してくれていたなら、気が回らなかった食品工場・食品会社の方もハッと気づき、連鎖的に無償拠出の輪が広がり、相当程度被災地内で食料自給ができた可能性があったでしょう。

NHKが食品の法令に従前から関心を持っていたなら、自発的にでもそのような放送をする意味・意義の重大性を認識できたことでしょう。

時間を巻き戻すことはできませんが、教訓を今後に活かすことが日本で唯一の広域・公共放送機関としての責と私は思います。またそう願います。

 
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追悼。この世に残された者として、責任・務めを考えざるをえない。

2011年03月30日
優しく、常に穏やかで几帳面。訃報を一昨日・昨日知りました。

あの方、この方だからこそ...逃げ遅れた人を助けに・探しに、逃げるのが遅れ・一旦退避しながら戻り...。

お二方のお顔を思い起こすに...笑顔しか浮かばない。そういう優しい方々がこの世を去ってしまわれたことに、今私が生きていることを申し訳なく思う。

善き人は行き...。残されし者として責・務めというものを考えざるをえない。

 
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震災その他、想定を超える事態発生後の対応についてご質問あろうかと思いますが、

2011年03月29日

回答は追々させて頂きます。何せ私自身が避難所生活をさせて頂いている状況ですので...私の毒気・殺気が少し抜けましてから...。


 
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震災後に善良なる市民による略奪が横行しなかったのは早期に店を開けてくれた販売店のお陰と思います。

2011年03月29日
支援物資が届かない中、被災地は日を追うごとに殺気立っていました。店舗が損壊を被り、従業員・そのご家族の安否が不明な中においても、店頭に商品を運び出し、奉仕価格で販売した「みやぎ生協」の皆様の効大。

みやぎ生協は開店しているらしい、開店していた、という話は人伝に伝わり、多くの市民に安心感を与えました。多くの人々が心傷つき、寒さに体震わせる中、笑顔で迎えてくれたことは多くの方々に希望と勇気と安心感を与えたことでしょう。少なくとも私は力を頂きました。

いずれこの大震災後にとったみやぎ生協の行動は政府機関から表彰されるでしょうが、追い詰められた時・辛い時に人としてどう行動すべきかということを「模範」「誉れ」として語り継がれるでしょう。

...私は生協の回し者、ではありません。それほど、小者ではない、つもりです。

 
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本日朝7時、宮城県において震度5弱の地震あり。周りの方の動揺激しい。

2011年03月28日

3月11日とその後に受けた衝撃によるものと思いますが、PTSD・トラウマに苦しむ方々の心のケアが必要。周囲の方々には、やさしく寄り添い不安緩和にご協力願いたい。医師免許もないのに、出過ぎたことを申し上げますが、一被災者としてそうお願いしたい。


 
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震災直後に食品衛生・HACCP・ISO関係のコンサル・認証系の機関が適正に呼びかけてくれるものと

2011年03月27日
当然の如く期待したのですが、実際どうだったのでしょうか...

被災地の食料不足は被災地内の食品会社・倉庫で一定期間賄える可能性が高いことはそれら機関の方々は重々ご存じであったでしょう。

特に被災地内のチルド・冷凍の加熱済食品はそのまま食することが可能で、物資運搬も成人男子に限らず人力で避難所などに運び込めたケースも相当程度あったでしょうに...実際そういうケースは避難民である私の耳にはほとんど今日現在でも届いていません。

こういう緊急時にこそ専門的知識を活用し、何れ事業ゴミとなり事業者負担で処理し、またその所在自治体も災害ゴミ以外に処理負担を負い、そして何より低体温・低栄養で命を縮める人たちを助けるために...行動して頂ければ有難かった、それが残念でならない。

今後このような交通・通信が遮断されるような災害が発生した時には、公共ラジオ放送を有するNHKなどに呼びかけて頂くようにお願いしたい。危機管理関係を扱う機関にも是非私のように速やかに行動して頂きたいと避難民として切実にお願い申し上げます。

この度の災害発生から10日間、被災地の食料ひっ迫は二次災害・人災であったということは二度とこのような失態を生まぬためにも是非ご周知頂きたく思います。

 
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「セブンイレブン 仙台六丁の目東店」の皆様に感謝。

2011年03月27日
震災後、日を置かず、開店してくださったことに感謝申し上げます。また、商品搬送供給の少ない中でもおにぎりを販売し続けておられることに重ねて謝意。130円台のおにぎりも一律100円での販売。その心に更に頭が下がります。セブンイレブン全体、IYグループ全体のイメージアップに貢献した意味でも、表彰して頂きたい。
 
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東北地方太平洋沖地震翌日から店頭販売をして下さったみやぎ生協の皆様に感謝。

2011年03月27日

店も損壊を受け、従業員の方々のご家族にも連絡が取れない方々が多くいらっしゃったでしょうに...。そのような中、いち早く震災翌日から、店頭に商品を運び出し販売してくださったことに心から感謝申し上げます。

私が買わせて頂いた店舗は、六丁の目店でしたが、涙が出るほどに有り難かった、です。私に限らず、多くの方々の心の支えにもなったでしょう、あふれ出る感謝の気持ちで思い出すに、涙が込み上げます。有難うございました。

因みに...歯磨き粉は2本で100円、でした。ほとんど無料配布に近い。こういう温かい気持ちが傷ついた心、冷え切った体に温かくしみ込みました。感謝の気持ちがあふれ出て止まらない。有難うございました。


 
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東北地方太平洋沖地震後に私が感じたものは人の心の醜さ・さもしさ。

2011年03月26日
山手に命からがら逃げた人たちが互いに助け合ったという話もいくつか耳にしますが、私が実際に目にした光景は人の心の醜さ・さもしさ。やるせなきこと多し。他国を含め、宮城県外の方々が手を尽くしご尽力・助力頂いている中、甚だ恥ずかしき仕儀哉。
 
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空管と同じ私のガソリンタンク。

2011年03月24日
字余り。
 
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被災地内の私が今切実にほしいもの。一にガソリン、二にガソリン、三四がなくて五にガソリン。

2011年03月24日
車中で夜に暖をとるため。支援物資となる物を個人で探し歩き購入し届けるため。...いつになればガソリンが手に入るのか...。

私に限らず、多くの人がガソリンのことで殺気立っている状況。一両日中には到底解消されはしないのでしょう。治安の悪化が心配。

 
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ガソリンが...無い...ので暖もとれない。

2011年03月23日

近隣では、被災自動車からガソリンが抜き取られているのは当たり前の状況でしたが、運転してきた車からも隙をついてガソリンが抜き取られる状況。被災した自分の家を見に行く時でも車を無人にしてはいけないとアドバイスし合う状況。それが現実。


 
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大震災後1週間以内の被災地食料不足は食品関連法所管行政機関の責大。

2011年03月23日

行政機関がそう言われてピンと来ないようでは話にならない。不勉強では済まされない問題。

被災地外にある厚労省本省・農水省本省がNHKに如何に働きかけたのか、ラジオで被災地食品会社経営者・従業員に適切に訴えたのか、そのことが知りたい。

大震災後1週間以内の被災地における食料不足の一因は、中・小食品会社への食品関連法未周知が根本問題だったと私は身をもって感じました。

食品関連法所管行政機関が中・小食品会社の経営者・従業員に対して食品関連法周知をないがしろにして来なければ、被災地の食品会社は食料を拠出しただろうと思います。

私は被災地の食品工場から加熱済食品をその工場の了解を得て運び出し、避難所・病院に運び入れた。その足は私の自家用車のガソリンがあるうちは車で、そして自転車で。

当然、他所でも同じ様にしているものと思い込んでしまいましたが...どうだったのか、厚労省・農水省・NHKがどう考え、「実際に」どう行動したのか、それを知りたい。

もし...実行が無かったのならば、それは犯罪に等しいことと私は思います。

極一部の人しか打ち壊し・略奪に走らなかったのなら、それは日本人の品格を示すものと思います。そう私が言うほどに...私の知る2か所の避難所は当初殺気だっていましたので。


 
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東日本大震災。救援にご尽力頂いております方々に心からの感謝を申し上げます。

2011年03月23日

私は被災者として避難所で今もお世話になっております。

始めに東北学院大学の皆様に心よりお礼申し上げます。

ボランティアとして支えて下さっている同大学工学部の職員・学生の方々に心より感謝申し上げます。

また、仕事とはいえ不眠不休の世話にあたって頂いている多賀城市役所職員の方々に心より感謝申し上げます。


 
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私は生き残った者として、言うべきことは言う。

2011年03月23日
紙一重の違いで生き残った人・亡くなった人。

私は生き残った者として義務を感じる。

この度の大震災で不逞の輩が何をしたか何をしなかったか、私の知る限りのことを言及する。

 
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仙台の民間病院でさえ今尚食糧が足りない。

2011年03月22日
弱者への労わり・配慮が「無い」、足りないではない「無い」。

怒りをもってそう申し上げる。

私は自家用車のなけなしのガソリンを使い詰めるだけの加熱済冷凍食品を食品工場から運び出し運搬持込みし、またガソリンが無くなってからは自転車に50kgの調理済(加熱済)冷凍食品を積んで雪の降る中20kmの道程を何度も往復しました。

私は自らの置かれた状況において、精一杯のことをしたつもりです。少なくとも「行動」しました。

高齢者施設・病院...それらの身体的弱者が集う施設にそれらの近隣の食品会社から徒歩で人力で食料を搬入するよう私が行政機関・NHKにお願いしたことに何らかのアクションを起こさなかったのなら、人命軽視として、二次災害・窃盗誘発要因として厳しい視線を私がそれら機関に向けることは当然のことと思う。猛省頂きたい。

 
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地震後の渋滞、ウインカーを右にあげたまま右折していれば、

2011年03月22日
私は津波にのまれ、私は生きていなかったでしょう。

通常の塩釜岩沼線(名取〜仙台新港の海沿いを走る道路)を帰ろうとしましたが、その道が渋滞しているのが見えましたので、とっさに車線変更し直進(西進)したので、私は今生きています。

生き残った者として、その「務め」というものを考えざるをえない。

 
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被災しましたが、何とか生きております。

2011年03月22日
東北学院大学工学部のご厚意で多賀城市内にて避難所生活を送っております。

災害後、通信不通・ガソリン不足の中、私は公人として出来うる限り命を削って行動しました。その内容については後に報告致します。

「ガソリン一滴は血の一滴」という言葉を切実に思い出す状況が、3月22日現在もここ仙台・多賀城周辺では変りなく続いています。

行政機関・NHKには命を削ってお願いした打開策を理解してもらえなかったことは痛恨の極み、です。飢え・低体温症に苦しんだ・苦しんでいる方々には職業人としてお詫びします。

繰り言ですが、「私は命を削って行動しました」ですから、この度の行政機関・公共放送として広域をカバーするNHKの責任については後に言及・糾弾するつもりです。

 
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自社の穴、は自社品質保証OG・OBに見つけてもらうのが危機管理上欠かせないでしょう。

2011年03月11日
退職後、1〜2年経った方が妥当です。理由は品質保証実務者ならわかるでしょう。

大手であるなら、尚のこと一定の距離感をおいて冷静に「冷徹に」視てくれる外部視点が必要。

そして...その視線の主には、「根底に」温かい愛社精神を今も尚持つ人でなければなりません。

大手なら、そういう人材には事欠かないでしょう。

きっと、「イザの時」助けてくれることでしょう。

そういう外部視点防御策を講ずれば...私のような、飢えた野良犬に穴を見つけられるようなリスクも減るでしょう。

な〜んちゃって...穴を見つけても、それで脅しをかける、そこまで私も飢えてはいません。ちょっと、ヒヤッとした方はOG・OBの方の活用が有効かもしれません。

内で必死にやっているがゆえ、逆に見えないというものは有るや無しや...血眼を補うのは得てして、のほほ〜んモードだったりするのが人間世界の妙。

 
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食品業界の鬼門は6月。

2011年03月11日
3月〜5月は食品行政機関は人事異動などのためか実質動きが止まる。

その空白・真空期間により、食品不祥事に対する消費者周辺の「感度」は鋭敏さを取り戻すでしょう。

ですから...食品業界にとって、6月は鬼門、となるでしょう。

...毎度のことですが、私の予想は当たらない。

 
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♪〜 Everything〜 I do〜 I do〜〜 for〜〜 you〜〜〜.♪

2011年03月11日
今はただただ、心を振り絞る。野菜汁で重い身体を動かす。カゴメとキリンには感謝。良き、善きものと身体が感じる。
 
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私のきんこじが一時であっても再び明るさを取り戻すことをただただ願う日々。

2011年03月10日
他力本願にすがる無力感に苛まれる日々なれど、今はただその一念に候。
 
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自著売れず...天下泰平。

2011年03月10日
いったい...後...何冊売れ残っているのか...肩身が狭く、出版社に聞けない...。

その程度の内容といえばその程度、ということになるのでしょうが...

独り寒風に打たれながら思う、四方に光は放った「つもり」。現段階では三方には一定の光が届いた、とぞ思う。

 
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私はホラ吹き童子...笛吹童子に非ず、

2011年03月10日
残念無念...なんちゃって。私の話は、暇つぶしの閑話・夜話の類ですので、話半分ということで。
 
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